毎月10日ごろ配信のARIA Solutionのメールマガジン「社労士アツコの事件簿」は、ストーリー形式で楽しく面白く、人事労務や組織開発についてのエッセンスを学べるメルマガです。
社会保険労務士の初台厚子(はつだい・あつこ)が、人事労務に関する困りごとやトラブルを解決したり、ヒントやアドバイスを伝えたりしていきます。
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■◆■ Case3 昇給のはずが“減給”気分?!■◆■
「ねぇ! 昇給したのに、なんで手取りが減ってるの?!」
マスビシエンタテイメント株式会社で営業をしている本田勝利は、帰宅するなり妻の真理子に問い詰められた。
「え? 手取りが減ってる?」
「そうよ、今日は給料日だからATMに行ってきたのよ。 今月からお給料が上がるって言っていなかったっけ?」
「そうだけど……。給料が上がると税金も増えるんじゃないのか?」
「こんなに減ったらやっていけないわよ。 昇給したって聞いたから、喜んでいたのに」
「……明日、会社で聞いてみるよ」
本田には給与明細を確認するという考えは、まったく思い浮かばなかった。そもそも、毎月、明細の入っている封筒を開けもしないまま、会社のゴミ箱へ捨てているのだ。
翌日、本田は人事部長の下田に詰め寄った。
「昇給したのに、手取りが減ったってどういうことですか?!」
昨晩の妻の勢いが、そのまま下田部長に向かった。
まずは直属の上長に話したのだが、そんなの知らない、昇給はしてるだろ? といった風で、「人事部に聞いてこい」と言われたのだ。
「昇給したのに減るなんて、本末転倒ですよね!」
「……確認して連絡するから」
本田をなだめて退出させた下田は、すぐさま受話器を握り外線をかけた。
「初台先生、助けてください!」
下田が電話をかけた相手は、社会保険労務士の初台厚子(アツコ)。顧問社労士として下田の相談に何度も乗ってきた心強い存在だ。
「昇給のタイミングで手取りが減った、ということですね?」
下田はことの経緯を話して、アツコの明るく穏やかな声を聞くうちに、やっと気持ちが落ち着いてきた。
「どうもねぇ、会社が悪いように言われているみたいで。困ったなぁ……」
アツコは電話越しに、賃金台帳を確認する必要があることを伝えた。
「まず、昇給前後の賃金台帳を送ってください。それで原因が見えてくるはずです」
「わかりました! すぐに送ります」
メールに添付された賃金台帳を見ながら、アツコはすぐに原因を突き止めた。
昇給額はごくわずかだったが、住民税の額が大幅に増えている。前年の賞与がかなり高額だったため、それが影響しているのだ。
「これだな……」
彼女は電話をかけ直した。
「下田部長、わかりましたよ。住民税が原因です。 前年の収入をもとに決定される住民税が、ちょうどこのタイミングで引かれ始めたんです。 冬の高額賞与が影響してますね」
「ああ……そういうことですか」
「あくまで前年の成果が評価されての税金増加なので、むしろ本田さんが頑張った証です。 本田さんにはしっかり説明すれば、納得してもらえるはずですよ」
「……だといいのですが」
下田の声はまだ浮かない。
* * *
翌日、アツコはマスビシエンタテイメント社の近くに用があったので、下田部長を訪問することにした。
本田も人事部の応接ブースに来ており、アツコと対面することになった。
「昇給したのに手取りが減るなんて、おかしいじゃないですか!」
本田の語気は強い。しかし、アツコはにこやかに頷きながら応じた。
「本田さん、ちょっと確認ですけど、昨年の冬の賞与はいつもより多かったですよね?」
「ああ、そうですね。でも、それが何か?」
「その高額賞与が反映されて住民税が増えたんです。 ご存じのとおり、住民税は前年の収入に基づいて計算されます。 今年の昇給のタイミングと重なっただけなんですよ」
本田は一瞬言葉を失った。
「つまり……会社が悪いわけじゃないってことですか?」
「もちろんです!」
アツコは笑顔を見せた。
「むしろ、会社がしっかり成果を評価して、賞与を出してくれたということです。 奥様にも説明してあげてくださいね」
まだ戸惑っている様子の本田に、アツコはもう1つ質問した。
「ちなみに、給与明細は確認しましたか?」
「え? あ、いいえ……。さっきのこと、妻に話してみます」
本田はそう言ってペコリと頭を下げた後、後頭部をかきながら人事部の部屋を出ていった。
アツコは下田にも伝えた。
「人事部でも、まずは賃金台帳を確認しましょうね」
「は、はい」
その日の夕方、下田がアツコにお礼の電話をかけてきた。
「本田さんも奥様も、ちゃんと理解してくれたみたいです。 初台先生、本当に助かりました!」
アツコは微笑みながら答えた。
「下田部長、人事部はもっと自信を持ってください。 会社が悪者になるなんて考えなくて大丈夫。むしろ誇るべきことですよ」
そして、いつもの穏やかな声で一言。
「悪者にならないようにするんじゃなく、いい会社であることを伝えるのが大事ですからね」
下田はその言葉を噛み締めながら、電話の向こうで深く頭を下げた。
(これはフィクションです)─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・
昇給したのに、手取りが減ってしまった……。
実はこれ、時々お問い合わせをいただくことなのです。
その原因は、今回のケースのように住民税が増額になる場合もあれば、社会保険料が増額になる場合もあります。
いずれにしても、会社が悪意でやっているわけではありません。(そもそも税金や社会保険料を決めているのは会社ではありません)
社員を評価して昇給や賞与を支給した結果、反映されるものです。会社側は後ろめたい気持ちを持つ必要はないのです。
支給された金額に疑問がある場合は、社員の方ならまずは給与明細を、人事・給与担当者ならまずは賃金台帳を確認しましょう。
数ヶ月分比較すれば、原因が見えてきます。
また、昇給のタイミングと、新年度の特別徴収の始まりの時期が重なる場合は、認識しておくとよいでしょう。
ささいなことでも気になることがあれば、お問い合わせください。
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