毎月10日ごろ配信のARIA Solutionのメールマガジン「社労士アツコの事件簿」は、ストーリー形式で楽しく面白く、人事労務や組織開発についてのエッセンスを学べるメルマガです。
社会保険労務士の初台厚子(はつだい・あつこ)が、人事労務に関する困りごとやトラブルを解決したり、ヒントやアドバイスを伝えたりしていきます。 *
3月は会社の異動とともに引越しをされる方も多いですよね。
今回の事件簿は、夫の異動で引越しをすることになり、今の職場を辞めることになった人から始まるお話。
アツコ先生にはどんな相談が持ちかけられるのでしょうか?
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■◆■ Case6 “のんびり社風”が招いた退職時の混乱 ■◆■
「私、会社に来るのが3月15日で最後なんだですけど、何かしておくことあります?」
3月に入ったばかりのある日、お客様でにぎわう和菓子屋「和か葉庵」の2階のオフィス。 営業事務の木本貴子は、管理部で人事担当の吉川澄子に向かって言った。
吉川は突然の質問に、一瞬ぽかんとした。
「え?」
木本が3月末で退職するという話は、2月中に上司の浅野部長から聞いていた。 しかし、「まだ内密に」と言われたので、実際に動くのは「公表されてから」と思っていたのだ。
その後、部長からは何も言われていないし、木本の最終出社日も初耳だった。
「えっと……、退職手続きの確認をして伝えますね」
木本は不満そうな顔で、ため息混じりに言った。
「あとから面倒なことになるのは嫌だから、なるべく早くお願いしますね」
そう言い残して、自席へ戻っていった。
「なんだかのんびりしてるのよね、うちの会社って。大丈夫かしら?」
独り言のようなぼやきも、吉川の耳に届いていた。
* * *
「部長、木本さんの件、何も聞いてないんですけど!」
会議から戻ってきた浅野部長に、吉川が詰め寄った。
「え? 何のこと?」
「最終出社日ですよ! 木本さん、退職するけどまだ内密にって言われていたから待ってたのに、ついさっき、3月15日が最後って言われたんです」
「あ、そうなの? じゃあ営業部でそういう話になったんだね」
「え、部長も知らなかったんですか?」
「知るはずないじゃない。言われていないんだから」
「じゃあ、木本さん本人から言われなかったら、そのままになっていたってことですか?」
「本人が言いに来たんだから、いいんじゃないの?」
「……そうなんですかね」
吉川は戸惑いながらも、このまま部長と話していてもらちが明かないと思い、話を切り替えることにした。
「ところで、退職者って久しぶりで、何したらいいんでしたっけ?」
「えぇ? 俺に聞かれてもなぁ。前の退職者はどうだったっけ? そうだ、社労士のアツコ先生に聞いてみてよ」
「あ、アツコ先生! そうですね!」
「それは困っちゃうわね」
吉川からの電話で、事情を聞いたアツコはそう言った。
「ですよね! 私に直接言われても……って感じだし、部長が頼りなくて困っちゃいます」
吉川は、浅野がたばこ休憩で席を外したのをいいことに、アツコに不満をぶつけていた。
「いえ、会社を辞める方が困ってしまいます、と言ったのです」
「御社は離職率が低いから、退職者はたまにしかいないかもしれないけど、定年退職される人は数年に一度はいらっしゃいますよね。
退職する場合の手順や必要事項をマニュアルにしておいて、社内で周知しておいた方がいいと思いますよ」
「え? 手順? マニュアル?」
今まで「なんとなく」で仕事をしてきた吉川には、思いがけない言葉だった。
「和か葉庵」を経営する有限会社わかばは、創業60年の歴史がある老舗の和菓子屋。 “昭和”ののんびりとした雰囲気があり、“なんとなく”で進むことが多い。
社員は50名ほどで、就業規則など基本的な規程はあるものの、実務レベルの仕組みやマニュアルは、まだ作られていない。
入社してすでに15年になる吉川も、すっかりこの“社風”に染まっていた。
後日、アツコは管理部の来客用ブースで、浅野部長と吉川と向き合っていた。 退職手続きの手順などについて話し合うためだ。
「浅野部長、退職手続きの手順を決めて、マニュアルを作りませんか?」
「うーん、 うち、そんなに退職者が出ないんですよね。 今までなんとかなっていたし、わざわざマニュアルなんて作る必要ありますかね?」
アツコの言葉に、浅野部長はまだ後ろ向きな気持ちだ。
「吉川さんにもお伝えしましたが、定年退職する方は出てきますし、時々しかないからこそ、マニュアルを見たらやるべきことがすぐわかるようにしておくとよいのです。
それに、いつまでに、誰が、何をしなければならないのかが明確でないから、今回のように、“内密”のまま、時間だけが過ぎてしまうんですよ」
「まぁ……そうですね」
「退職時の対応ミスで、トラブルになることもあるんです」
アツコは静かに口を開いた。
「“のんびり”は、和菓子の風味にはいいかもしれません。 でも、労務管理ではリスクになりますよ」
その一言に、浅野はウッと詰まった。
「じゃあ、やってみますか」
こうして、和か葉庵では退職手続きのマニュアル作成が始まった。 アツコの一言で、会社の意識が少しずつ変わり始めたようだ。
(これはフィクションです) ─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・
退職手続きに限ったことではありませんが、
「たまにしかないから」 「なんとかなっているから、いいんじゃない?」
そういう考えで、退職業務をその場しのぎでやるのは賢明なことではありません。 やることを毎回ゼロから確認するのは時間の無駄です。
いつまでにどんな書類を提出しておいてもらうのか、そもそもいつまでに退職希望を出してもらうのか、そういったことを明文化しておき、社内で周知しておくことが必要です。
困ったこと、気になることがあれば、お気軽にご相談ください。
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