2025.07.15 社労士アツコの事件簿バックナンバー 「試用期間は社保ナシ」はウソ?ホント?

毎月10日ごろ配信のARIA Solutionのメールマガジン「社労士アツコの事件簿」は、ストーリー形式で楽しく面白く、人事労務や組織開発についてのエッセンスを学べるメルマガです。

社会保険労務士の初台厚子(はつだい・あつこ)が、人事労務に関する困りごとやトラブルを解決したり、ヒントやアドバイスを伝えたりしていきます。

ゴールデンウィークが過ぎたころ、新入社員も少しずつ会社に慣れてきたでしょうか?

退職代行会社が盛況であるというニュースが流れていますが、退職したくなる理由は、こんなところにあるかもしれません……。

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■◆■ Case8 「試用期間は社保ナシ」はウソ?ホント? ■◆■

「え? 社会保険の手続き、まだなんですか?」

春の訪れとともに訪問したアツコは、旅館の応接室で呆然とした。

顧問先になったばかりの「のんびり処あらき屋」。
東京都郊外の自然豊かな場所にある、アットホームな老舗旅館だ。

新しく入った新卒社員・羽村みそのの話を聞いたとき、アツコは思わず固まった。

「うちはね、試用期間中は社保に入れないんですよ」

と笑顔で話す荒木社長。
その隣で、女将さんも穏やかにうなずいている。

「すぐ辞めちゃうことも多いですし。様子見というかね……」

「でも、フルタイムで働いているんですよね?」

「えぇ、まぁ、そうなんですが」

その瞬間、アツコの中の“社労士スイッチ”が入った。

「羽村さんにも、聞いてみましょう。」

呼び出された羽村は、保険証はどうしているかと尋ねられて、あっけらかんと答えた。

「……そういえば、保険証、今は持っていないです」

「えっ?」

「大学を卒業して父の扶養から外れたので返したんです。会社に聞かなきゃいけないと思っていたのですが、すっかり忘れていました」

どうやら羽村自身も、のんびりしているようだ。

アツコは、叫びたい気持ちをぐっとこらえて深呼吸した。

「今、病院に行ったら10割負担になるわよ?」

「えぇっ…!」

羽村には一度退席してもらい、社長と女将に向き直った。

「社長、これはちょっとした手続きミスでは済みません」

「え、そうなんですか?」

「はい。フルタイムで雇用したら、試用期間だろうが何だろうが、社会保険に入れる義務があります。義務です」

「ウチみたいな小さな旅館でも…?」

「むしろ、小さいからこそ、こういうリスクには敏感でいてほしいんです」

アツコはやや語気を強めた。

「社保に入れていないと、あとから過去分の保険料をまとめて請求される可能性があります。
さらに、従業員が病気やケガをしても、健康保険の給付も受けられませんし、将来の年金にも響きます」

「はぁ……」

「社長、羽村さんがもし今、ケガをして入院でもしたら…どうしますか?」

社長と女将は顔を見合わせ、初めて事の重大さに気づいたようだったが、社長はまだ渋っている。

「ただ、社保に入ると、経費がなぁ……」

「社長! 先ほども申し上げましたが、社保に入れていないことが発覚すると、過去分をまとめて請求されるのですよ! それによって、資金繰りが悪化した会社もあるのです」

「うっ……」

「率直に言えば、原則違法なのです。罰則があるのですよ」

「……わかりました。それでは、羽村さんの社保の手続き、お願いします」

さすがに納得した社長の言葉にアツコはうなずき、社保加入に必要な書類をバッグから取り出した。

帰り際、ふと羽村の姿が目に入った。
初々しい制服姿で、先輩の背中を一生懸命追っている。

アツコは羽村に声をかけた。

「さっきは仕事中にありがとう。社長から社保の手続きのための用紙を渡されるから、記入してね」

「はい。ありがとうございます!」

羽村が、ホッとしたような笑顔で答えた。

「試用期間中だって、ちゃんとした社員だからね。がんばってね!」

アツコも微笑んで、旅館をあとにした。

(これはフィクションです)
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今回は新卒の新入社員の話でしたが、もちろん転職で入社した社員にも該当する話です。

「試用期間中は社保に入れなくていい」というのは間違いですからご注意ください。

困ったこと、気になることがあれば、お気軽にご相談ください。

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