毎月10日ごろ配信のARIA Solutionのメールマガジン「社労士アツコの事件簿」は、ストーリー形式で楽しく面白く、人事労務や組織開発についてのエッセンスを学べるメルマガです。
社会保険労務士の初台厚子(はつだい・あつこ)が、人事労務に関する困りごとやトラブルを解決したり、ヒントやアドバイスを伝えたりしていきます。 *
ゴールデンウィークが過ぎたころ、新入社員も少しずつ会社に慣れてきたでしょうか?
退職代行会社が盛況であるというニュースが流れていますが、退職したくなる理由は、こんなところにあるかもしれません……。
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■◆■ Case8 「試用期間は社保ナシ」はウソ?ホント? ■◆■
「え? 社会保険の手続き、まだなんですか?」
春の訪れとともに訪問したアツコは、旅館の応接室で呆然とした。
顧問先になったばかりの「のんびり処あらき屋」。 東京都郊外の自然豊かな場所にある、アットホームな老舗旅館だ。
新しく入った新卒社員・羽村みそのの話を聞いたとき、アツコは思わず固まった。
「うちはね、試用期間中は社保に入れないんですよ」
と笑顔で話す荒木社長。 その隣で、女将さんも穏やかにうなずいている。
「すぐ辞めちゃうことも多いですし。様子見というかね……」
「でも、フルタイムで働いているんですよね?」
「えぇ、まぁ、そうなんですが」
その瞬間、アツコの中の“社労士スイッチ”が入った。
「羽村さんにも、聞いてみましょう。」
呼び出された羽村は、保険証はどうしているかと尋ねられて、あっけらかんと答えた。
「……そういえば、保険証、今は持っていないです」
「えっ?」
「大学を卒業して父の扶養から外れたので返したんです。会社に聞かなきゃいけないと思っていたのですが、すっかり忘れていました」
どうやら羽村自身も、のんびりしているようだ。
アツコは、叫びたい気持ちをぐっとこらえて深呼吸した。
「今、病院に行ったら10割負担になるわよ?」
「えぇっ…!」
羽村には一度退席してもらい、社長と女将に向き直った。
「社長、これはちょっとした手続きミスでは済みません」
「え、そうなんですか?」
「はい。フルタイムで雇用したら、試用期間だろうが何だろうが、社会保険に入れる義務があります。義務です」
「ウチみたいな小さな旅館でも…?」
「むしろ、小さいからこそ、こういうリスクには敏感でいてほしいんです」
アツコはやや語気を強めた。
「社保に入れていないと、あとから過去分の保険料をまとめて請求される可能性があります。 さらに、従業員が病気やケガをしても、健康保険の給付も受けられませんし、将来の年金にも響きます」
「はぁ……」
「社長、羽村さんがもし今、ケガをして入院でもしたら…どうしますか?」
社長と女将は顔を見合わせ、初めて事の重大さに気づいたようだったが、社長はまだ渋っている。
「ただ、社保に入ると、経費がなぁ……」
「社長! 先ほども申し上げましたが、社保に入れていないことが発覚すると、過去分をまとめて請求されるのですよ! それによって、資金繰りが悪化した会社もあるのです」
「うっ……」
「率直に言えば、原則違法なのです。罰則があるのですよ」
「……わかりました。それでは、羽村さんの社保の手続き、お願いします」
さすがに納得した社長の言葉にアツコはうなずき、社保加入に必要な書類をバッグから取り出した。
帰り際、ふと羽村の姿が目に入った。 初々しい制服姿で、先輩の背中を一生懸命追っている。
アツコは羽村に声をかけた。
「さっきは仕事中にありがとう。社長から社保の手続きのための用紙を渡されるから、記入してね」
「はい。ありがとうございます!」
羽村が、ホッとしたような笑顔で答えた。
「試用期間中だって、ちゃんとした社員だからね。がんばってね!」
アツコも微笑んで、旅館をあとにした。
(これはフィクションです) ─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・─・
今回は新卒の新入社員の話でしたが、もちろん転職で入社した社員にも該当する話です。
「試用期間中は社保に入れなくていい」というのは間違いですからご注意ください。
困ったこと、気になることがあれば、お気軽にご相談ください。
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